曙日記

日々生きている、私のはなし

細い糸のようなぬくもり

 

昨日は法事に行ってきた。

 

98歳のおばあちゃんの法事。

夫の血縁のおばあちゃん。

 

最後まで頭ははっきりとしていて、92・3の頃から特に体が不自由になっていった。

きっかけは、腰の骨折で入院した事。

 

家の中で転んで骨折をした。

 

おばあちゃんは、私の記憶に残る、初めてのおばあちゃん。

 

私の血縁ではないけど、

毒舌だったけど、

なるほど、おばあちゃんのぬくもりとはこういうものか、

と、思った。

 

私が小学生の頃、クラスの子が、おばあちゃんが亡くなったと言って、悲しんでいた。

 

私は、おばあちゃんが亡くなると、悲しいものなのかと漠然と思った。

 

私は知らない。

 

父のお母さんは、父が7歳の時だったか、脳腫瘍で亡くなったらしい。

父は末っ子で、長男のお嫁さんが、お母さん代わりだったのかな。

 

父の家は農家で忙しくて、とにかく自由奔放に、父は育ったと、よく聞いた。

 

父のお父さんは、私が7歳の頃に亡くなった。

私にとってのおじいさん。

 

私が父の田舎に行くと、「おいで。」と言って、膝に座らせてくれたりしたけど、私がすわると膝が壊れてしまうんじゃないかというくらい細かったから、体重かけて座ったりできなくて、体勢が辛いからすぐに立ち上がった。

 

おじいさんの顔は父によく似ていた。

 

父の田舎は山奥で、行く時は毎回車に酔った。

 

風の音、竹藪が揺れる音、川の水が流れる音、ヒンヤリとして澄んだ空気。

私は田舎が好きだったけど、行き帰りに車に酔うのは辛かったな。

 

母のお母さんは、母が生まれて2か月後に、肺結核で亡くなったらしい。

新しいお母さんはやってきたけど、

母はその人を私に、「おばさん。」と紹介した。

 

お正月に一度集まりがあって、その時におじいさんとおばさんに会った。

 

それ以外でも会ったことがあった気がしたけど、何を話していたかな。

そう、伊勢湾台風の時にどこまで水が来たとか、そういう話は覚えている。

 

あの、時計の上まで来たと。

 

そうだなあ、私は祖父母とあまり関わったことがないと感じていたけど、

 

今振り返ってみて、細い糸のようなぬくもりを感じたから、

 

私はやはり、

愛されていたのだろう。

 

会ったことがなくても、思い出が少なくても、

たぶんね。